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ちば環境情報センターニュースレター第122号・123号より 生活の中の身近な自然とは街に住まれる大半の方々にとって無意識にも日常身近に触れている緑とは、どういったものでしょうか。 日常の生活環境に潤いと安心と居心地のよさをもたらすこれらの緑、それが快適で美しく潤いのある環境を育み、その中で生活することができるのなら、街に暮らす私たちの心はどれほど豊かになるでしょう。そして、愛されるふるさとの街として、住む人の心に刻まれることでしょう。 心豊かな生活環境を作るため、それぞれの緑の目的やあり方について、少々考えてみたいと思います。 住まいの庭や緑地のあり方ははじめに、日常生活のもっとも身近な緑と環境である住まいの庭や集合住宅敷地内の緑地について、お話したいと思います。 私は造園設計施工の仕事を通して、住まいの庭を作り続けております。事務所開設以来 10 年間一貫して、コナラやクヌギ、イヌシデなど、千葉の里山を構成する自然樹木を用いた庭造りを提案し続けてきました。それが千葉で生まれ育った私にとって心休まる見慣れた原風景だからです。
かつて日本の一般的住宅庭園は、室内からの鑑賞重視の庭が主流でありました。それが最近、環境改善を重視した庭が求められるようになりつつあるのです。鑑賞から環境へ、時代の変化、環境の変化と共に庭に求められるものは大きく変わりつつあります。 「個人の庭は個人だけで楽しむもの」ではなく、個人の庭も街の風景や環境つくりの一翼を担っているという意識が少しずつでも浸透していけば、地域性を失った日本の街にもその土地らしい風景が蘇り、そして美しい街は住む人に郷土に対する誇りと愛情を育むことでしょう。 街路樹などの公共緑地街路樹は街の風景や環境を決定つける重要な役割があります。このあり方については次号にて、具体的に考えていきたいと思います。 今回ここでは、街路樹の効果や目的について、大まかに見ていきたいと思います。
この写真は、都内某所、駅前片側 2 車線のメインストリート沿いの並木です。よく見るケースですが、好例です。 まず、道路両サイド、歩道と車道の境界沿いにケヤキ並木が枝を上空に大きく張り、車道歩道の双方に大きな木陰を落としています。 アスファルトやコンクリートは蓄熱性が高く、夏の直射日光を蓄熱して夜に放熱します。それが都会のヒートアイランド現象の大きな一因となります。これを緩和して都会の生活環境を改善するために、上空に枝葉を広げる樹木の存在がとても大切になるのです。 そして、中央分離帯に歩道から反対車線の路面が見えない程度の高さの常緑低木、および高さ 3m 程度の常緑樹中木を規則的に植栽することで、 4 車線道路の広いアスファルト面を分断することで、殺風景な広い路面を視覚的に緩和しています。 つまり、車や人の通行に十分な広い空間を確保しつつも、空間を上手に使い、樹木の枝葉を人の活動に邪魔にならない位置に効果的に配することで、視界のほとんどを潤いのある緑で覆うだけでなく、生活上の広い空間をさえぎることなく、夏の木陰あふれる快適な街が実現できるのです。
この写真は、千葉市内の幹線道路です。これもまたよく見るケースです。片側2車線、両サイドそれぞれ幅4m程度の歩道が付随しています。また、中央分離帯は平均 2 m以上の緑地スペースを確保しながらも、樹木はありません。木陰もなければ殺風景な視覚を和らげるもののない、殺伐とした光景、これも日常的な街の風景です。 灼熱の路面に直射日光、路面の蓄熱、ヒートアイランド化や地球温暖化にどれほど貢献していることでしょう。そして何よりも、潤いのない風景がどれほど人の心を殺伐とさせることか、このような環境で子供の健全な心の成長がありうるのでしょうか。 せめて落葉樹高木による木陰が欲しい、低木を植えなければ管理の手間もほとんど要しないのですが。何とかしたいものです。
この写真は千葉市内の大学病院の駐車場です。高木の配置には広いスペースは不要です。通行や視界に邪魔にならない位置に枝を大きく広げる樹木も、わずか1m幅の緑地帯があれば十分な環境改善が可能です。夏の日中、駐車場を見ていますと、木陰から順に車が埋まっていくことがはっきり分かります。駐車場や路面に木陰を増やすことで、冷房などに要するエネルギーも大きく減らすことができるのです。
この写真も先の写真と同様、千葉市内の大学病院の駐車場です。木陰を作る意図で植えられたはずのプラタナスが無残に剪定され、意味不明な緑と化してしまいました。木陰も潤いも求めるべくもなくなってしまいました。 なぜこのようなことが繰り返されるのでしょうか。 目的を踏まえた愛情と心ある緑地管理のあり方、折角の町の緑を活かすも殺すも最終的には管理方針次第という気もいたします。
少々余談になりますが、この写真はニューヨーク市内、大通り沿い歩道のプラタナスです。このように自然樹形をそのまま活かした街路沿いのプラタナスは、日本ではほとんど見受けられません。 日本では街路樹としてのプラタナスは、毎年同じ大きさに切り詰めるものという先入観があるような気がしてなりません。
公共緑地のあり方については次号にて詳しくお話したいと思います。 街の公園について公園を英訳するとパーク( Park )、そして駐車場を英訳するとパーキング( Parking )となります。この語源をご存知でしょうか。 その答えは、馬車の時代から続く欧米で流行った街作りの手法にあります。 つまり、道路の両側を公園化し、それが住宅地であれば家を一定の距離、道路から後退させて建てるのです。後退した部分に家を立ててはならず公園のように美しく緑化することが、今でもアメリカの住宅地のコンセプトになっております。 公園化された道路沿いのスペースは公園( Park )と呼ばれ、車社会の到来と共にそこに住民が車を駐車( Parking )するようになったのです。 このスペースは私有地でありながらも一定の拘束力を持って街全体の環境改善に寄与しているのです。「街の緑は皆のもの」という考え方は、日本では残念ながらはるかに遅れておりますが、欧米ではごく当たり前の考え方なのです。イギリスのカントリーを歩いた方であれば、 Public Footpass( 私有地内の公共遊歩道 ) という、個人の敷地内を自由に歩かれた経験があるのではないでしょうか。 こうした、土地の公私を越えた住環境思考はこれからの美しい街つくりを考える上での大きな鍵になる気がいたします。 日本では街つくりにおいても公私の区別が非常に厳密で、これが統一感のある街並みつくりを大きく妨げているのです。
個人の庭、街路樹、公園、これら街の緑地は都会砂漠の中の単なる個別な点や線であってはならず、これらを有機的に繋げながら街全体を公園化してゆく事を考えていければ、どれほど美しく快適な街になることでしょう。街全体の公園化、地域性のある公園化、住民皆さんで力をあわせて、千葉市を先進モデル都市として実現できれば素晴らしいと思うのです。
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