千葉県の造園 自然素材を生かした庭造り。造園設計施工・庭造りから庭園の管理まで一貫して行います。

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庭園紀行

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心の風景、思い出の風景 

「行く川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず・・・」
鴨長明の方丈記、冒頭の文句は周知の言葉で、日本人の自然観、人生観を象徴しています。
「ああ 川の流れのように ゆるやかに いくつも 時代は過ぎて・・・」人の一生は絶えず流れゆく川のよう、
その時その場所で見た光景、感じた風景、それはそのときだけのもののようです。
自分も変わり、人も変わり、世の中も移り変わってゆく・・・。 今という時を大切に感じて生きたい、その時の感動を大切にしたい、年を重ねるにつれ、そんな思いを強くしてゆきます。
思い出の風景、そこには人の風景があり、思いを馳せる何かがあります。泡のように湧いては過ぎ去ってゆく感動の珠、それを大切に心に刻んで生きたい、そう思います。

■京都の作庭家、田島友実氏の庭 (平成19年1月撮影) 
庭造りを環境創りとして捕らえ、夏の木陰と涼風の住環境を作り続ける作庭家が京都におります。庭遊庵の田島氏です。
 昨年、雑誌の編集者の紹介でこの方を知って、私は大きな衝撃を受けました。そしてついに今年、田島氏を訪ねて庭を見せていただきました。田島氏の庭は様々な雑誌などで紹介されており、今までにたくさんの写真を見ていましたが、作り手として、スペースの感覚や空気を感じ取って自分の中に取り込むためには、実際に現地に立って様々な視点から庭を見て感じる必要があります。
 今まで主流の庭とは全く違う視点と目的、明確な理念と空間作りの巧みさ、そして何よりも小細工がなく蛇足がない。樹木のスケールや空間の扱い、私にとっては大変な勉強になり、その後の自分の作庭に大きく生きてくると確信しました。
 純粋な心で求めれば必ず与えられる、その事を強く感じたすばらしい見学会でした。

■八ヶ岳倶楽部にて (平成18年10月撮影) 
柳生博氏が八ヶ岳山麓に作り始めた楽園、八ヶ岳倶楽部を十年以上ぶりに訪ねました。施設は更に充実しつつ、恵まれた森の雰囲気を非常に生かした見事な環境つくりを行っていました。
 以前に訪ねた時、ちょうど私が自分の造園事務所を立ち上げる直前、私はプロが作るどんな庭にも勝る衝撃を受け、その後の自分の庭造りに大きな影響を受けました。
 今、改めて来ても、やはり素晴らしい雰囲気と遊び心を感じ新鮮な刺激を受けました。

自然を愛する心はプロも素人も関係ありません。より柔らかな発想と自然を愛する心、ゆとりある遊び心が環境つくりにはもっとも大切だと、改めて感じました。

■外房 太東岬にて (平成18年10月撮影) 
勝浦の仕事で打ち合わせに行く途中、時間があったので太東岬に寄り道しました。それにしても海は心の故郷で、昔を思い出します。初めての海外放浪の旅に一人海を越えて行った、この海の向こうの国のこと、若き日、船に揺られて一人向かった小笠原諸島や沖縄のこと、子供の頃にこの海で父や友人と釣りに来たことや高校時代の海水浴の時の友の表情や声が走馬灯のように蘇ります。いい年の重ね方をしてゆこう、そして美しい地球を子供たちにも渡していかねば、そんな思いを強くした海風でした。

■南房総の秋 (平成18年10月撮影) 
収穫後の田んぼに咲きあふれるコスモスに魅かれ、通る人達が車を止めて野のあぜ道に足を踏み入れます。
 人々の心を癒すコスモスは豊かな心の持ち主によって植えられて、風に揺らいで私たちの心を安らげます。そんな庭造りをし続けたい、コスモスを見てそう思いました。

■北京作庭後、万里の長城にて (平成18年8月撮影) 
作庭を終えた後、クライアント側の招待で1日北京観光となりました。どこまでも続く万里の長城での写真です。
 悠久なる中国の歴史は日本人の好むところであり、その雄大なロマンにたくさんの生き方の指針を得てきました。
 今の中国に感じる圧倒的なパワーに直面すると、万里の長城のようなものをかつて築いた民族がこの人たちだということが自然に納得できます。

■北京での作庭 (平成18年8月撮影) 
北京での庭作りは、日本人スタッフ6名、中国人労働者8名、中国人通訳1名の合計15人での作業となりました。道具の違いや言葉の壁、仕事の進め方の違いなどを乗り越えて、最終的には日本人も中国人も関係なく心を一つにして庭の完成を祈り、皆で知恵を出し合って困難な海外の庭を完成させることができました。
 この写真は、困難な工事も6割方終了し、あと一息という段階での景気付けの飲食会の様子です。違う国の違う環境の労働者たちがこの仕事ではじめて知り合い、そして2週間、心を一つに取り組みました。そのことこそ庭の完成以上に、私たち一人一人にとっての大切な心の財産になりました。

■北京郊外の町にて (平成18年7月撮影) 
日本庭園設計施工準備のため、北京に行きました。この写真はホテルの窓から住宅地を望んだところです。まるで森の中に家があるような住環境、これこそ私が理想とする環境でした。自然の樹木や木陰を当たり前のように大切にして、快適な木陰を増やそうとする、考えて見れば当たり前の事です。
 なぜ日本の街つくりにおいて、自然豊かで快適な環境を作るという、当たり前のことが出来ないのでしょうか。なぜ、街路樹は無残に見苦しく剪定され、庭の樹木も意味なく刈り込まれるのでしょうか。果たしてどれだけの人が街や樹木を愛しているのでしょうか。 自然を愛し、心豊かに生きてゆくこと、私が造園の仕事を通して伝えていきたいことはそれに尽きます。

■幼少時代の不動明王? (平成18年7月撮影) 
大分県国東半島の熊野磨崖仏にて。写真下、上半身裸の小さな生き物は1歳10ヶ月の我が子です。香に暑いようで、蚊にさされながらも服を脱いでしまいます。日本一雄大な不動明王磨崖仏を前に、上半身裸の我が子が不動明王の子供時代に見えました。親馬鹿です(笑)。

■過去、現在、未来 (平成18年7月撮影) 
ノスタルジックな雰囲気漂うここは、北九州門司港に残る、旧商船三井ビルの待合室です。大正6年の建築で当時のモダンでお洒落な建築は今も門司地区を象徴するレトロな空気漂います。長いすで遊ぶのはやはり我が子です。過去多くの子供が同じようにこの長いすで遊んだことでしょう。過去を生きた建築と、未来を生きる我が子が現在ここで交差した、懐かしい空気のせいか、突然そんな感傷に浸りました。

■小倉城 旧陸軍第12師団司令部正門跡 (平成18年7月撮影) 
明治期に作られた正門が今も残存しています。当時の施工の丁寧さに私は驚きを隠せません。このレンガ積み門柱も、笠や水切りの花崗岩加工の丁寧さ、繊細な美しさ、そして、レンガ積みの均一な目地、目地は全て山目地という方法で手間をかけてとてもきれいに仕上げています。

■土いじり (平成18年4月撮影) 
1歳7ヶ月のわが息子、自然の中は全てが子供の遊び場です。
道端に座り込んでは土いじり30分以上。本人は何かに熱中しているようです。

 
■桜咲く公園 (平成18年4月撮影) 
日本人に最も愛されてきた木は文句なく桜でしょう。開花の時期は1年のうちのわずか10日間程度、春の日差し暖かな日曜日、近くの自然公園には見事な枝垂桜の周りに人だかりがありました。同じ花を見に集まる人たち、その光景が一本の見事な桜を更に印象深いものにしているようです。
 

■散り桜の下で (平成18年4月撮影) 
小さな息子が一生懸命、木の階段を登ってきます。
そしてその近くではいつも母さんが見守っています。

     
■蘇州市の肉屋さん (平成18年4月撮影)
お肉は肉屋、野菜は八百屋、魚は魚屋、そんな生活は私の記憶では、もう30年前の思い出です。
中国の町を歩き、自分の記憶はタイムスリップした懐かしさを感じることがよくあります。
     

■蘇州市の果物屋さん (平成17年11月撮影)
一人っ子政策の中国では、街にも子供の姿は少ないように感じます。
私に子供が生まれ、自分の見方は大きく変わっていきました。
子供の姿にそれだけでなごんでしまう。
父さんに連れられ果物に囲まれた男の子、ちょうど私の息子と同じくらいの年頃の子でした。

     

■磨き仕上げの泥団子 (平成18年3月撮影)
ある方のご紹介により、東京千足に在住の伝説の左官名人を訪ねました。土壁を追求し続けていまや80歳、語られる言葉の重さに翁の強烈な生き様を感じ、大変な感銘を得ることが出来ました。この写真は翁が確立された千足磨きという手法で磨かれた泥団子です。
土の可能性に挑み続ける翁の生き様、「もっともっと真剣に生きなければ。」同じモノ作りを追求する私の心の炎を燃え上がらせて下さいました。
翁は最後の江戸職人と言われています。

     

■上海玉佛寺 ビルマの仏像 (平成18年2月見学)
4回目の中国行き、今回の大きな目的は上海、玉佛寺に安置されているこの玉製の仏像を見ることでした。この仏像は清の時代、普陀山の僧 慧根上人が修行先のインドからの帰途、ビルマに立ち寄った際、玉佛の美しさに感動し、そのうち5体を中国へ持ち帰りました。
上海通過の際、当時貧しい漁村だった上海民衆の救済のため、2体をこの地に残し、玉佛安置のためにこのお寺を建立しました。

私はこれまでも日本の優れた仏像の数々を見てきましたが、これを実際に見た時の感動は言葉で表すことが出来ませんでした。強いて言えば、国宝第1号、広隆寺弥勒菩薩像を初めてみたとき以来の感動です。人物彫像の表情は国や地域によって異なりますが、とても和やかでやさしげな表情、研磨された玉が作り出す非常に優しく美しい線、慧根上人やはるかミャンマーの風土に思いを馳せつつ、1時間近くこの像から離れることが出来ませんでした。

     
■茶店の女性 (平成18年2月撮影)
上海玉佛寺の茶店にて。玉佛の感動冷めやらず、茶店の試飲テーブルで無料のお茶を片っ端から飲みながら、小1時間もくつろぐ私たちに、店員の女性たちは嫌な顔一つせず、次々につまみやお菓子を分け与えてくれました。
彼女たちの屈託のない笑顔が、玉佛寺の思い出を更に楽しく飾ってくれました。
     

■農家のおばあちゃん (平成18年1月撮影)
水仙を見に家族で房総の野を歩いていると、90歳を過ぎたというおばあさんが、ビニルハウスから出てきて我が子にじゃれつきました。
「かわいいよお、おらが子にしてえよお。」
そんなおばあちゃんの声に、子煩悩の私もうれしくなりました。おばあちゃんから我が子へのプレゼント、まつぼっくりを頂きました。今でも捨てられずにいます。

     

■江蘇省呉江市同里にて (平成17年11月撮影)
靴磨き、田舎では2元(30円)でした。赤い服装は観光人力車の若い人夫たち。
彼らの時間はゆったりとしたものでした。

     

■蘇州城壁と壕 (平成17年11月撮影)
日本では城というと天守閣のニュアンスがありますが、この言葉の起源である中国では街(城郭都市)の意味合いになります。
はるか2500年以上前、春秋時代には臥薪嘗胆の故事で有名な呉の都が蘇州城の始まりのようです。この運河は蘇州の長い歴史を見守ってきた城を取り巻く壕、今は観光船のおばさんが一人、居眠りしながら客を待っていました。

     

■蘇州の街角にて (平成17年11月撮影)
近代化されたメインストリートも、一本裏道に入ると昔と変わらぬ生活に風景があります。
共同井戸の水を汲んでいるのは街の住人。表通りの急速な変化を横目に、彼らには変わらぬ生活、変わらぬ風景。

     

■調和というもの (平成17年11月撮影)
つい先日、友人がコンコルディアという名のIT関連会社をたち上げました。コンコルディア、ラテン語で調和と言う意味です。企業や個人の不祥事が続く世の中、それぞれの業種が原点に立ち返り、自然や社会や人とのつながりを見つめなおし、壊れかけた「調和」というものを考えねばならないという、誠実な彼の人間性と彼の言動は私の中で一致し、それも一つの調和だなと感じました。彼の言う「調和」というものを考えた時、私は昨年、蘇州の世界遺産庭園、留園で聞いた琴の音色を思い出しました。
明の時代、貴族の邸宅であった留園にて、美しい琴の音色に誘われてたどり着いた園亭、美しい少女の指先から発せられた音色だったのです。古典庭園の雰囲気と琴の音色、美しい少女の指先が、この庭園の歴史に思いを馳せさせられ、リズムというもの、調和というものを考えさせられました。庭造りは調和の追及の産物です。庭という限られた空間内だけでの調和ではなく、風土、自然環境、地域との調和、更には家庭の調和、行き着くところは人類の歴史文化活動全般を見つめて取り組まねばなりません。

     

■古典庭園 網師園にて (平成17年11月撮影)
蘇州の世界遺産庭園の一つに、園亭配置の美しい、網師園があります。
雰囲気が好きで、私は3回通いました。何人かの女の子が、それぞれ本を片手に庭園を観察し、ノートに書き込み続けていました。周りが見えないほどの真剣さです。全てをこの場で吸収してしまう程の勢いを感じ、訊ねてみると、観光ガイドを目指して勉強しているとのことでした。

若かりし頃の自分の造園修行時代を思い出しました。若い人の真剣さは、30代半ばを過ぎた私に新鮮なエネルギーを与えてくれます。人はその時その瞬間を精一杯生きねばなりません。今の自分がすべきこと、今しかできないこと、真剣に生きる別世代の人たちを感じることが自分の大きな励みになります。

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