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| 「臼杵、国東文化と石仏の旅4」 (平成18年7月撮影) |
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| 臼杵、大野川流域の磨崖仏など |
大分県南部臼杵には、日本随一といえる、丸彫りに近くとても美しい磨崖仏が存在しており、日本の石仏としては唯一国宝に指定されています。
中国大足石刻など、大陸の石窟を思わせる日本離れした石仏、一体いつ誰が掘ったのでしょう。
臼杵磨崖仏にまつわる伝説には、かつて真名野長者と呼ばれる人物が娘の供養のため、同情した蓮城法師という大陸渡来の仏師に彫らせたという話が伝わります。あながちでたらめとは思えません。大陸の仏師による作、あるいは大陸で学んだものの作であることは間違いないでしょう。
この磨崖仏が世に知られたのは明治時代末期以降、当時の京都帝国大学教授によって初めて学会に紹介されました。それまでの長い年月の間、臼杵の石仏は地元住人の敬虔な信仰心に守られ、世に出ずとも大切にされ続けて生きたのです。
また、臼杵を北上した先、大野川流域にも丸彫りに近い磨崖仏が多く見られます。この近接した2地域以外には、日本では決して見ることの出来ない素晴らしい磨崖仏群、その一部をここでご紹介します。 |
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■大分県臼杵市深田地区の丘陵地域
田園を見下ろす丘陵の景は、1000年も変わることなく悠久の歴史を超えて今も変わらぬ空気を守り抜いているようです。この丘陵部に数々の貴重な石仏が残存しています。
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■臼杵 古園磨崖仏群 大日如来像頭部
平安時代後期、凝灰岩の岩に穿った雄大で気品あふれる、日本一美しい彩色磨崖仏が、この大日如来ではないでしょうか。血流さえ感じるほどの温かみ、ふくよかで神秘的な表情、臼杵磨崖仏の中心的な存在となっています。 |
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■臼杵 ホキ磨崖仏 第2龕九品阿弥陀如来群
それぞれ持物、姿体異なる9体の阿弥陀如来が列立する姿には身が引き締まるものを感じます。
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■臼杵 ホキ磨崖仏 第1龕阿弥陀三尊像 威厳ある厳しさを感じる表情の阿弥陀如来、観音・勢至両菩薩。
いずれも、その厳しい表情に密教的な要素を感じます。 |
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■臼杵 山王山磨崖仏 3体如来坐像
中尊が釈迦如来、右の薬師如来、左に阿弥陀如来という、見慣れない三尊です。面白いのは、この如来坐像は皆、かわいらしいほどの童顔相を呈しています。素朴で純真無垢な表情からは、はるか昔の作者の深い心模様を空想させられます。
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■臼杵 堂ヶ迫磨崖仏群 第4龕地蔵十王像 
地蔵菩薩の化身、閻魔王を中心に両側に5体ずつ、計10体の十王が2列に座しています。死後の旅路、生前の罪業を裁く地蔵十王の石仏も日本には珍しい上、方形の台座も五大十国時代の中国の石刻によくある特徴です。
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■臼杵 日吉社の一石五輪塔  山王山磨崖仏上部に位置する凝灰岩1石彫りの五輪塔で、日本最古の形式の一つです。平安時代末期から鎌倉時代初期の作と考えられます。
平安時代末期の一石五輪塔、在銘品としては、臼杵中尾五輪塔2基のほかには、岩手県中尊寺墓地にのみ見受けられるようです。
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■臼杵 満月寺の仁王石像(阿形) 
宇宙人のような奇怪な顔した仁王石像は、地形の変化で徐々に埋もれ、現在太ももから下は地中に埋もれておりますがそれでも見上げるほどの大きさとユーモラスながらも大変に迫力があります。
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■臼杵 深田宝篋印塔  国指定重要文化財、凝灰岩の宝篋印塔は鎌倉時代後期の作と推定されており、他に見られない際立った特徴が随所に見られます。
緩く反りあがった軒のライン、別石で作られた隅飾り、木造工芸品的な細部紋様を呈する仏龕を設けた塔身は、厨子として作られた塔を意味しています。
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■大野川流域 菅尾磨崖仏 
国指定重要文化財、菅尾磨崖仏はその美しさ、完成度の高さは大野側流域中でも際立っています。平安時代後期の作、同時代のふくよかで優美な木彫りの仏像を彷彿とさせます。
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■大野川流域 菅尾磨崖仏 千手観音坐像 
この地域でも随一の千手観音磨崖仏ではないでしょうか。多くの手を彫像としてもうまくまとめ上げ、持物も巧みに表現されており、大変に印象深い優作です。
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■元町磨崖仏 薬師如来坐像 
やはり、平安後期藤原時代の優美な木像を思わせる、端正で美しい磨崖仏でした。
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