森つくり工法その2;種の誘導による森つくり~実生苗の誘導と育成

森つくりの工法 その2;種の誘導による森つくり~実生苗を誘導、育成する
 

 森つくりと言えば、多くの方は植樹を連想されるかもしれません。実際に、植樹がなされなければ健全な森の再生が難しい場所、あるいは再生までに大変な時間を要してしまう場所はたくさんあり、世界の多くの地域では、適切な植樹のノウハウ構築と普及が急務となっていると言えるでしょう。

 しかしながら、私たちの住む日本では、急斜面や標高の高い山岳地域を除き、ほとんどの地域では、放置しても健全な森林が早期に再生される潜在的な力を有しております。
 土地が放置されると、埋土種の発芽や鳥や小動物、虫などを介した種の飛来によって、草本と同時に樹木もそこに進入していきます。
 新たな土地へパイオニア的に進出してきた樹木が生育し、木陰ができると、日向の雑草は後退し、樹木苗の生育条件はさらに改善されて森林化が促されていきます。
 木陰が増え、木々の根が地中深い位置から土壌を改善し、さらに落ち葉が堆積して土壌生物も増えていきます。
 こうして徐々に土地が豊かになるにつれて、様々な生き物が再び進出し、樹木種の拡散を手助けし、種の進入もますます増え、徐々に健全で自立した森が再生されていきます。
 1年を通して乾季がない日本の温暖多雨な気候条件が、森林化への潜在的な圧力を保ち続けてきた大きな要因と言えるでしょう。この、森林化への潜在的な圧力を、ここでは「森林圧」と呼ぶことにします。

 気候風土的に恵まれた場所での森つくりの場合、風土本来の自然の力というべき「森林圧」を活かすことこそ、もっとも自然で最も有効な森つくりの手段と位置付けることが、実は今、とても大切なことだと考えます。
 つまり、多くのコストと人手をかけて、すべて人の手によって森を造成しようと考えるのではなく、なるべく自然の力を活かし、そして少しばかり人が手助けしてゆくという視点こそ、自然の再生に対する人のスタンスとしても大切なことではないかと思うのです。
 
 植樹ではなく、自然に生えてきた実生を活かした森の再生について、ここで少々お話いたします。

 

 健全で自律した森の様相とは、多種類の樹木が立体的階層的に住み分けながら、光と空間を分け合います。高木層から低木層までの樹木階層が豊かであれば、共存関係を持って生育する生き物の種類も増え、それらの拮抗作用によってより安定した強い森となります。
 こうした安定した森の役割には、主なものだけでも下記の項目が挙げられます。


・根系による土砂崩壊の防止効果
 多彩な樹木が混在することにより、根系も複雑に絡み合い、土壌束縛力が格段に高まります。実際に、挿し木苗の杉の人工林などの単相林は全体的に根が一律で浅く、表層崩壊を起こしやすいのに対し、多種混交の健全な自然林の崩壊事例は非常に少ないのが事実です。


・水源の涵養効果
 これについては当サイトの別項目で詳しく説明いたします。
安定した森が土中深い位置まで土壌を改善し、そして大量の水を貯えます。森が健全でなければ土中での貯水ができず、安定した水を得ることは決してできないばかりでなく、降雨の度に深刻な表土の流亡に見舞われてしまいます。

 森林資源が生活の唯一のエネルギー源だった江戸時代、過酷に利用された森林が衰退して土地が流亡し、安定した水が得られずに何度となく深刻な飢饉を招きました。
 土壌の流亡を防ぎ、水資源を安定させるために、江戸時代には幕府はじめ各国の大名は、災害や飢饉の度に森つくりを奨励し、森林の再生能力を超える過酷な伐採を禁じ、森林の充実に腐心したのです。

 安定した水資源は豊かな土地をもたらします。アジアモンスーン地域が世界的にもっとも人口密度が高い理由は、豊かな水資源と、潜在的な森林がもたらしてくれた豊かな土地にあります。

・防風・防火・防潮などの防災機能

 森の存在は、風の勢いを緩和し、そして常緑広葉樹主体の多層群落の樹林は大火から生活環境を守ります。こうした防災機能を暮らしに生かすため、広い平地や吹きさらしの台地に住まいを設ける際、暮らしを守る屋敷林を必ず育成されました。
 今も、東京川崎など、人口密集地の古い屋敷には、外周にシイノキやカシノキ、ユズリハなどの大木が境界に残されています。これは火災から家屋を守るために境界に植えたかつての知恵の名残と言えるでしょう。

・微気候の緩和

 森の存在は、気温や湿度の変化を大きく緩和します。木々の蒸散効果や日照の遮断、風の緩和などが急激な変化を緩和して、人にとっても穏やかで住みやすい微気候条件を整えます。
 かつての農山村の民家において、西側や北側に山や森を背負うように住まいを配したのは、こうした木々の微気候改善効果を活かすためという面もありました。

・地域生態系の保全、いのちを育む豊かな環境の保全
 
 これからの時代、森つくりにおいて最も意識的に取り組まねばならない大切な目的の一つが、この項目に当たります。
その土地の生命の集合体ともいえる本物の森は、私たち人間のいのちの基盤であるということを認識する必要があります。
 多様な生物種が競り合い共存し、そして豊かな土地が育まれます。私たちの子孫に伝えるべき、本物の財産とは、コンクリートでも紙切れでもなく、生き物を育むポテンシャルを維持した豊かな大地なのです。
 経済経済と、目先のことばかり追求し、こうしている間に私たちは、子供たちの幸せな未来のために伝えるべき豊かな大地を、紙切れと引き換えに次々と減らしているのです。
 
 こんな時代だからこそ、豊かな生物相、豊かな生態系をできる限り意識して、森つくりを進めることがますます大切になってくると考えます。

 

 話がそれました。。本題に戻ります。これはかつては日本の里山にどこにでも見られた雑木林の林内です。定期的な草刈りによって、樹木の実生も一緒に刈り払われて、植生の遷移がストップします。
 かつての雑木林のように、20年に1回程度伐採して萌芽更新させていけば、いつまでも雑木林は維持されますが、草刈りだけ行って伐採がなされなければ、木々は太り老化し、やがて病虫害に侵され、森はますます不健全化していきます。

 こうした雑木林が放置されると、下層に日陰に強いシイやカシなどの常緑広葉樹が進入し、ゆっくりと生育していきます。そしていずれ、常緑広葉樹を中心とした安定した多層群落の森へと還っていくのです。
 人が森林資源を利用しないのであれば、こうした実生の進入を活かして多層群落の森へと還してゆくことも、未来のため地域生態系の保全のためにも有意義なことと言えるでしょう。

 放置された雑木林に進入したタブノキの実生。周囲の森林に隣接した地域では、その土地の様々な樹種が環境条件に応じて進入し、そしてゆっくりと生育していきます。
 


シラカシの実生苗です。 森林内に母樹があれば、その下にはどんぐりによるたくさんの実生が芽吹きます。これらのうち、実際に将来高木として長い寿命をまっとうできるのはほんのわずかですが、こうして常に森林が更新されようとしているのです。

 放置された里山は、ササに覆われてしまうことがよくあります。密生したネザサは、樹木実生の生育を妨げます。それでも林縁には、ゴンズイやカラスザンショウ、アカメガシワやムクノキなど、パイオニア落葉広葉樹がたくましく進入し、後継樹の豊富な安定した森へと移り変わろうとしています。
 ササを刈り払う際、こうした実生で映えてきた自然樹木を一緒に刈らず、残してゆくことが大切です。

 ちなみに、関東ではアズマネザサが森林の遷移を遅らせてしまう一因になることが多いですが、効果的にこれを衰退させてゆくためには、5月と6月の刈り払いが有効です。

 


 そしてこれは、植栽後100年となる杉の人工林。管理不足と言えども、光が入るようになるとこうして林床に自然樹木が進入し、森林が多層化していきます。
 放置されて荒れ果てた人工林の再生は、皆伐して再び植樹するのではなく、間伐(手段として巻き枯らし間伐を含む)しつつ、自然植生樹種を誘導してゆく方がはるかに確実で手間もコストもかからないケースが圧倒的に多いのです。
 今や社会問題と化した不健全な人工林、その広大な森を健全化させるためには、なるべく自然の力を活かして少ない手間で健全化せてゆくという思想が必要なのではないでしょうか。

 

 そしてこれは、シラカシの植木畑が放置されて20年経過した様相です。太い高木が植木として植えられたシラカシです。
 下層にはシラカシの苗の他、シイノキやタブノキ、シロダモやネズミモチ、ヒサカキやムクノキなどが進入してすでに潜在的な多層群落の森を構成し始めているのです。
 この場合、植木畑の樹種がこの土地の潜在的な高木樹種であるシラカシであったことが、短期間で多層的な森林植生を再生させることができた理由と言えるでしょう。
 また、長年植木畑として利用されていたがゆえに、土壌が豊かであったことも、早期の森の再生を促した大きな要因の一つでもあるでしょう。
 
 日本の森林生態学の基本となる、ドイツの生態学者クレメンツの植生遷移理論によれば、放置後に潜在的な自然植生に到達するのに200年から300年かかるというのが学説上の常識となっていますが、それはドイツのような生態的気候的に、潜在的に日本より貧しい条件でのことであって、日本の多くの地域では実際には違うのです。
 森林圧の高い恵まれた日本、しかもいまもなお、豊富な森林面積を維持しているゆえに、様々な状態からあまり手をかけることなく、早期に健全な森へと誘導することができるのです。

 こうした手法による森林の健全化、地域生態系の健全化は今やらねばなりません。なぜなら、今後ますます森林が減って自然環境が孤立化すれば、飛来できる自然植生樹種はますます欠落してしまうからです。
 
 日本の森の再生、それは、既存の不健全な森を、自然の力を活かしながらいかに早期に再生してゆくかが大きなカギを握ると言えるでしょう。