松下

2018年5月13日 日曜日

5月連休の振り返り

皆様五月の連休は如何お過ごしだったでしょうか。
スタッフの松下です。

スタッフ一同も5月の連休をいただきまして、
久しぶりに各々羽を伸ばしてきました。

私はと言いますとその連休を利用しまして
山梨県は西沢渓谷と、長野県霧ヶ峰車山高原に
散策に出かけてきました。

その様子を今回はラフな感じで、旅目線で
アップさせていただきたいと思います。

西沢渓谷は、秩父多摩甲斐国立公園内に位置している景勝地で、
中央道で勝沼インターで下り、
ぶどう農家が軒を連ねるフルーツラインという下道を
30分ほど走った場所にあります。

仕事でこの近辺に伺った際に親方から話を伺い興味を持ち
今回訪問してみました。



こちらは、西沢渓谷駐車場から少し歩いた渓谷入口近辺の様子です。

高田造園の庭のような新緑の爽やかな景色が広がります。



しばらく渓谷方面へと上高地のような雰囲気の雑木、
針葉樹の混合林を横目に歩いていきます。

道中には日本百名山にも数えられる
甲武信ヶ岳へと続く登山道入口もあります。

西沢渓谷で最も知られている七ッ釜五段の滝までは、
往路で沢沿いの道を2時間ちょっと、
帰路で旧木材輸送のトロッコ道を一時間半の行程です。

ただ軽ハイキング程度の道ではなく、
軽登山のレベルの道が続きますので、
格好は登山の格好が望ましいです。



登山道は木の階段などがほとんどなく、
ほどよく人の手が入りすぎてないので、
歩きやすく景観としても美しく癒されます。



沢を横目にどんどん登っていきます。

新緑の沢は美しく、そこまでの高度でもないので
この時期でも新緑の葉が生え揃います。

最終地点、七ッ釜五段滝に至るまでの
道すがらにも随所に滝があり、
光が反射して青く見える水が本当に美しく映ります。



入山する前は渓谷なので、そこまでの険しさを
予想していませんでしたが、
予想を上回るレベルの道が続きます。



各所に転落防止の鎖柵があるものの
体重をかけると倒れそうなのであまり頼りにできません。

慎重に沢道を歩きながら空気を楽しみます。



今回の西沢渓谷ハイクの中で
私が最も気に入ったポイントでの1枚です。

西沢渓谷を歩いていて思ったのは
どのポイントでも美しく絵になるということです。

人の心を惹きつける美というものは、
やはり自然界が織り成すものだと改めて実感します。



そして、さらに急斜面をジグザグに登っていくと
最後にたどり着いたのが七ッ釜五段の滝です。

正面からの立ち姿です。



すごい量の水が轟音と共に流れ落ちます。

写真などで最も有名な姿が上流部の
このアングルです。



七ッ釜五段の滝という名にふさわしい
釜の形の滝が段々になっています。

こんなものが自然に作られたのかと、
ただただ水の流れる様を見て時間を過ごします。

新緑と岩の色、光が反射して青く光る水の美しさたるや、
ただただ呆然と眺めてしまいます。

看板によりますと、
澄んだ渓流の水に光が当たると波長の短い光が散乱するとともに、
水中を通り抜けた光が、水底の白い花崗閃緑岩に反射して返ってきます。

その間に赤い光は水にすべて吸収され、
残った青や緑の光が水中で散乱するために
水の色がエメラルドグリーンに見えるそうです。

山頂でお昼を済ませ帰路に着きます。

これは少しマニアックな写真ですが、
滝の近くの頂部で見かけた倒木の枯れ株の様子です。



左側に向かって倒れて枯れた株自体が
岩を巻き込み成長した様子が見られます。

さらにその枯れ株の上に芽吹いた実生木たちが
生き生きと次の世代の命を育んでいます。

このようなものに目が行くようになったのも親方に話を伺ってからです。

山の植生というのはよく観察していると、倒れた株や幹の凹みから
次世代木たちが有に大きく成長していっているものです。

以前、上高地を涸沢に歩いている道すがらにも随所に見受けられました。

私自身本職を造園としている身ですから、山に沢に学ぶことは多いです。

より自然な庭を作りたいという思いが自分自身の中でも強いので
やはり観察しかありません。



頂部付近では帰路の途中でモミやツガの巨木と出会います。

洗練された山では少し陰鬱なイメージのある常緑樹林でさえも
風通しが良く、落葉樹林とは異なったマットな落ち着いた趣を感じさせます。



常緑の巨木たちのエリアがあると思うと、
また別のところではブナやカツラ、ミズナラなどの落葉樹の巨木も見られます。

ここまで大きく生育している巨木たちを見ていると
この山の気の良さや、木々を育む地のポテンシャルの高さも感じます。

帰路は往路と異なり沢とは離れますが、
帰路は帰路で美しい道が続き一日森林浴が心行くまで楽しめます。



新緑が自らの落ち葉を背景に何とも言えない心地よさを作り上げます。

下山する最後まで景色を楽しめる満足感の高いハイキングコースでした。



機会があればまた足を運びたい、そんな気持ちになる沢です。

帰りの道中では温泉もあり、旅の疲れも癒して帰れますので
行かれたことがない方は日頃のリフレッシュにいかがでしょうか。

登山の格好はお忘れなく。

投稿者 株式会社高田造園設計事務所 | 記事URL

2018年3月 4日 日曜日

春の気配ただよう今日この頃。

「三寒四温」という言葉そのものに、
日中はあたたかさを感じられつつも、
日が陰るとやはりまだ寒くもある今日この頃。

皆様いかがお過ごしでしょうか。
久しぶりの投稿となってしましました、スタッフの松下です。

高田造園での仕事にも、入社した当初に比べますと
少し慣れてまいりましたが、逆にここ最近は肉体的な疲労感から
筆が少し遠くなっておりました。

さて、千葉でも寒い日が続きますが、徐々に温かく感じる瞬間も
徐々に増えて出し、もうそこまで春はやってきていると同時に、
もう今年に入り3月を迎えてしまったのかという、
時間の速さを感じずにはいられません。



関東では梅の花も見ごろを迎え、町中でも春の気配を感じられます。

上記の写真は先日土気山ダーチャフィールドで行われました醤油絞りの時の
土気山の梅の木です。

醤油は私が入社する前の今からちょうど一年前の時期に
土気山で麹屋さんに来ていただき
様々にレクチャーを受けながら仕込んだ醤油です。



去年仕込んだの醤油の元を絞り布にいれ、絞り器で圧をかけていきますと
このように搾りたての醤油が流れ出します。



搾りたての生醤油を一部ビンに詰めつつも、
残りの生醤油は醤油搾りの先生の指導のもと羽釜で火入れしていきます。



その後また今年も新たに大豆と麹を塩水に投入し、
自分たちの「手」仕込みで新たに醤油を準備しました。



このあと仕込んだ醤油の元はまめに櫂入れを行い、時間の経過とともに
数ヶ月おきというスパンに切り替え微生物による発酵を待ちます。

また来年のこの頃には新たな醤油を味わえることを楽しみに待ちます。

さて、高田造園では先日まで奈良の吉野への出張も兼ねた社員旅行に
吉野・京都へと凱旋しておりました。

その時に伺いました京都の寺院での様子を少し振り返りたいと思います。



ここは京都市北西部・高雄にあります高山寺というお寺です。
高山寺については庭誌前回号に現在連載中の親方の記事にも
記されております。

高山寺というお寺について少し説明させていただきますと、
開創は8世紀末期で、その後1206年に後鳥羽上皇の院宣により
明恵上人が華厳宗の復興の道場として再興されたそうです。

広い境内は国の史跡に指定され、開山堂、金堂などが立ち並びます。
中でも石水院は国宝に指定されており、
中世の戦乱期に他の建物は荒廃しましたが、
この石水院は鎌倉時代初期の唯一の遺構として残っています。

寝殿風住宅建築で、庇を縋破風(すがるはふ・本屋根の軒先から
一方にだけさらに突き出した部分の破風)で処理してあったり、



天井を舟形にくぼませた舟形天井、



柱に梁を継ぐときに1点に荷重を集中させずに、面で分散せるために舟形肘木が用いられる等、



細部意匠などに鎌倉時代の特色が見られます。

自然に調和した建築である石水院は一度足を踏み入れると、
安らぎと落ち着きの感じられる空間で、時間がゆったりと流れます。



石水院で時間を過ごした後は、境内を親方の解説の元
見て回りました。

今まで寺院を見学に伺った際に自分では全く見過ごしていた視点での
環境造作についてレクチャーしてもらいながら見て回らせていただきました。

高山寺は山の谷筋に位置する寺院であり、
境内の間には大きな谷状地形の部分もあります。

谷は山の中ではその高低差から山の地中の水を動かす要となっています。

地下水や地中水というのは私たちの目で確認することはできませんが、
全国各地で湧水が湧き上がるポイントを地図上で見ていると、
だいたいは近くに川(谷)があり、段丘沿いの崖線際であったり、
山地系から平地に切り替わる際の部分であったりします。

等高線で見ても山と山の間の奥まった部分、
つまり谷であることがほとんどのようです。

京都の山寺にも同じく古くから山際で湧水があったようで、
その名残が造作として残る「閼伽井」です。



今となっては水は外見からは澱んでしまい、
清水が湧き上がっているようには見えませんでしたが、
以前はここから清水が湧き上がり、
そういったものに畏敬の念を示し、
仏教では仏様にお供えする水を「閼伽」と呼び大切にしてこられたようです。

高山寺から近い山寺で神護寺というお寺があるのですが、
ここでもやはり「閼伽井」は山地から平地に切り替わる要の部分にありました。

そういう部分を掘り、湧水を湧き上がらせることで、
地中の水と空気を動かし土を育て、木々を息づかせることで
山寺の神聖な雰囲気を守り続けてきたのかもしれません。



そのような本当に心地のよい山寺に残るような澄んだ空気は
先人たちが自然に敬意を持って守り抜いてきた遺構です。

そこには人と自然の共作と言いますか、
どちらか一方ではなく、自然の中で人が生かされ生活する中で
大切に守ってきた自然なのです。

いま現代はどうしても広大な林地や山々は、
その管理に困り、少しでもお金になるのならと木は切られ、
山は崩され瞬く間に開発されていってしまいます。

今年の2月中旬頃に寺田本家という千葉県香取郡にある自然酒の酒蔵の
上部に位置する神崎神社を親方が案内してくれた際に言っておられたことですが、



その森にある樹齢何十年という木々たちも
その木単体で見ると高々樹齢何十年かもしれないが、

それまでには何百年何千年という、
育っては枯れ土に還り、またそこに芽が吹いて
という膨大なサイクルの中で、

枯れた木の根が分解されて空洞になり
そこが新たな空気と水の通り道となって、

そこにまた新たな木々の根が元気に張り、
先代にも増してたくましく成長する。

そういうふうに見ると今生きている樹齢何十年の木々たちは
実は何百年、何千年もの命の上に立っているんだ、
その森自体は千年万年の営みなのだ、というお話でした。

そういう視点で山や里を見ると、今自分たちだけの都合で
山を切り拓いてしまうのは実に安易で浅はかなことなのかと
考えさせられてしまいます。

切るだけならまだしも切って根っこを抜いて造成し直して
しまうということは何千年もの命の土台を一夜にして
ゼロにしてしまうに他なりません。

そういう時代のどうしようもない流れなのかもしれませんが
私たち一人ひとりが山や自然を見るときにそういう視点を持てれば
今ますます侵攻してしまっている山林の開伐に
NOを突きつけられる力となるのかもしれません。

何が本当に大切なのか、残すべきものは何なのか、
よく自分の目を研ぎ澄まし見つめていきたいと思います。


投稿者 株式会社高田造園設計事務所 | 記事URL

2017年10月29日 日曜日

千葉のラピュタ、鋸山に登ってきました。

秋もすっかり深まるはずが、十月末の季節はずれの長雨に、
台風に悩まされがちの今日この頃、
皆様はいかがお過ごしでしょうか。

スタッフの松下です。

前回に引き続き、今回は仕事とは別で休日に出かけました
千葉の地のご紹介をさせていただきます。




ここは9月上旬に登ってきました、千葉県房総半島南部、
安房郡鋸南町と富津市の境にある鋸山です。


千葉県は、平野と丘陵が県の大半を占めており、
海抜500m以上の山がない日本で唯一の県です。

そのため急な流れの川や、大きな川が少ないのが特徴で、
県内を流れる利根川などは他県から流れてきています。

千葉県最高峰の山は愛宕山で標高はなんと408mです。

今回登山してきました鋸山も標高329mと低い山ではありますが、
地質が第3紀中新世の頃海底に堆積した火山灰からできた凝灰岩からなる山で、

石材としても質が均一で、霜や雨にも強く火にも変化しない山頂付近の石と、
質が均一でなく火や水にも弱いが加工のしやすい中腹以下の石の2種類が採れ、

江戸時代から房州石と呼ばれ建築・土木材として利用されてきました。



寸単位で様々な大きさに加工され、適所に利用されています。
耐火・耐久性能や、木材との相性もよいことから用途は幅広いです。

江戸時代から行なわれてきた採掘は昭和60年代まで続けられており、
石切り場跡は今も現存しています。

何百年と石切が行われ続けた結果として、稜線付近の露出した岩肌が
遠目から見たときにノコギリの刃に見えることから、
鋸山と呼ばれるようになりました。



こちらは正確に言うと鋸山周辺にある別の山の写真ですが、
鋸山も山頂付近がこのように切り取られたイメージです。

全景は千葉と館山を結ぶ富津館山自動車道を館山方面へ走っていくと、
富津金谷インターと鋸南保田インター間で走行中に視界に飛び込んできます。

以前仕事で鋸南町のお宅にお邪魔した際に鋸山を知り、
また親方にも話を伺い今回登ってみた次第です。



登山口はいくつかあり、今回は「車力道」を選びました。

車力道は鋸山から切り出された房州石を運びおろした道で、
車力とは石を運び下ろした人達のことを言います。

1本80kgの房州石3本をねこ車と呼ばれる荷車に載せ、
ブレーキをかけながら引きづりおろしたそうです。

石を山麓や港で下ろすと石切場まではネコ車を担いで登ったそうです。
車力の仕事はこれを1日3往復だそうで、登山口から石切り場までは
今回の登山で1時間以上有しましたので想像を絶します。

しかもこの車力というのは主に女性の仕事だったというから驚愕です。

私自身も造園という力仕事に従事しておりますが、
いかに昔の方々の方が馬力があったかということに感嘆とさせられます。



ねこ車のタイヤはゴムタイヤではなく、
松の輪切り、車軸はカシというからまた驚きですが、
昔のことを考えると当たり前なのかもしれません。

N字状の縄掛けは安定する独特の縄掛けだそうで、
植木屋としても興味深い要素がたくさんあります。



案内看板に撮された明治期の写真だそうですが、
確かにねこ車を引いているのは女性です。

まさにこの車力道は当時の石切の繁栄と、
それを担った富津金谷の女性たちの息づかいが聞こえてくるようです。



緩やかな林の中を抜けていきます。

随所緩やかなところと急傾斜の繰り返しで、
岩間をくり貫いて道を通した切通しが車力道にもありました。



このような道をしばらく1時間ほど登るとあっさりと石切り場近くまで
行くことができました。

石切り場近くまで登ると山の中腹とは思えないような遺跡のような
大胆な岩の切通しの通路が出てきます。

ひだのあとの残るラインに沿って、
徐々に年数をかけて上部から切り下げてきたとはいえ、
人力で石切りツルを使って切り下げてきたと考えると
やはり昔の人の凄さを思い知らされます。



上を見上げるとまるで天空の城ラピュタの世界にきたようです。

そんな巨大な切通しの道を抜けてようやくたどり着くのが
石切場跡です。



まさに遺跡です。

こんなものがこんな山の中にあるとは到底下からは想像もつきませんでした。



この長年の石切によってできた断崖は垂直高最大96mにもなるそうです。

下から見上げるとすごい迫力です。



下の方には切り出した石の破片が多数積み上がって残されています。
下部は奥行がそこそこあるように見えました。

鋸山は褶曲構造の向斜になっているそうで、
良質な石材を求めて地層に沿って掘り進めてあるそうです。

また階段状に掘り残された跡は崩落防止のためでもあるそうです。



昭和20年当時の様子です。



機械化されチェーンソーが導入される昭和33年までは
ツルで作業されている様子が伺えます。



私自身造園業に携わっている身でありますが、
石材がどのようなところで、どのように加工されて出てきているのかを
あまり知らないまま来ておりましたので、
今回の登山で少し勉強させていただきました。

今後はより一つ一つの知識にも自分で足を運んで見て、
さらにその背景や歴史を知ることで、
知識一つ一つに奥深さの厚みを増していきたいと思いました。

自分の好奇心の赴くものには躊躇せずに飛び込み
より一つ一つの見聞きが自分の実体験として刻んでいけるよう
今後も1日1日大切に積み重ねて参りたいと思います。


投稿者 株式会社高田造園設計事務所 | 記事URL

2017年9月18日 月曜日

夏と秋の交錯する今日この頃。旅の振り返り



9月に入ってからは30度を下回る日が続き、
蝉の鳴き声とともに秋の気配も感じられだした、
台風一過の空が広がる今日この頃。

皆様はどうお過ごしでしょうか。

高田造園設計事務所では、先々週鋸南富山にあります
お宅の工事を竣工させていただき、
先週からは別のお宅の住環境工事に着手させていただいております。

こちらはその敷地を囲う木柵施工の様子です。



土留と柱を立てこみ、見切りに石を据え付けた様子です。

柱には太鼓材を用い、自社で焼いたものを使っています。

太鼓材とは丸太を太鼓落としという、
丸太材の木口の長径を縦軸にし、

左右の丸みの背板を挽き落とし、
木口が太鼓を側面から見たような形状にした材です。

カラマツなどが用いられ、実際に持ってみると重く強度があります。



高田造園で以前からお世話になっている大工さん一行に来ていただき
柱立て込みから2日間という短時間で木柵が完成しました。



一緒に仕事させていただく中でやはり勉強になることが数多くあり、
ホゾを切って木材を合わせる技術、
現場に応じた終端の収め方など、
仕事をしながら色々と学ばせていただきました。

また今週以降、工事が進展していくにつれて現場の雰囲気が変わっていく様子が
楽しみです。


さて、話は少し遡りますが、高田造園では8月にお盆休みをいただき、
その休み期間中に関東近郊を散策してまいりましたので、
その旅行記を少し書かせていただきたいと思います。




ここは鎌倉市内にある切通しの一つ、亀ヶ谷坂(かめがやつざか)です。

鎌倉は一度仕事で赴き、周りの起伏に富んだ地形や山々に
興味が湧きましたので、このお盆休みに行ってきました。

鎌倉という地は、東西北の三方を山々で囲まれ、
南を海に面した土地であり、鎌倉への出入りには険しい峠を越える必要があり、
敵の攻撃を守る軍事的な要害の役割を果たしました。

そのために鎌倉へ出入りするために丘陵を切り開いて設けられたのが
切通しという道でした。

亀ヶ谷坂は建長寺の池の亀が引き返すほどの
勾配であったことに由来するものだそうですが、
現在はまっすぐにかつ緩やかに整備され、
その面影はありませんでした。

しかし、整備されてからも時間が経ち、苔むした感じが何とも言えぬ
雰囲気を醸し出していました。


ここを自転車で下りぬけ海蔵寺へと向かいます。



こちらは海蔵寺への道すがらたまたま見つけた、
畑奥の丘陵に掘ってあったやぐらと呼ばれる岩窟横穴式墳墓跡です。

鎌倉の至るところでこのやぐらと呼ばれる洞穴は確認できます。

やぐらは、鎌倉という平地の少ない土地の人口が当時急激に増加ししたことで、
墓地の場所が都市部に確保できなかったり、
奈良京都からの石工を含んだ職人集団が進出してきたことを背景に、
鎌倉中期から室町中期にかけて作られた納骨兼供養堂です。



海蔵寺の駐車場にも巨大なやぐらがありました。


また境内への道すがらにも穴が掘られた跡が確認できます。




海蔵寺の境内にもやぐらが多くあり、中には五輪塔や宝篋印塔などが置かれ、
おそらく遺骨を安置したであろう納骨穴が掘られています。






ただ鎌倉時代から800年という年月を経る中で水が湧き上がったのか、
穴の中は水が溜まっています。



水を導くために掘られたであろう溝もあり、
その後に掘られたのかは定かではありません。



こちらは、海蔵寺境内奥の切通しを抜けた場所にある十六井戸とよばれる
やぐらです。



縦横4×4合計16の地面に掘られた穴があり、
一般的なやぐらと同じであれば納骨穴ですが、
十六という数字は仏教の金剛界の四仏に、
それぞれ近しい仏様を4人ずつ配した十六大菩薩になぞらえたものとも言われ、
正確なことは分からないようです。

奥壁には観音菩薩像と弘法大師像が祀られています。




海蔵寺庭園は公開されていませんでしたが、
やぐら群の際から覗くことはできました。

さて、海蔵寺でやぐら群を堪能した後に、
地図上で見つけ気になったので、
化粧坂(けわいざか)切通しへ向かいました。



化粧坂切通しは、鎌倉時代末期、新田義貞本隊が鎌倉攻略のため
攻め入りましたが突破することができなかったという場所です。

この過酷な道を登り昔の乱世の武士たちがどのような思いで
攻防を繰り広げたのかと思いを馳せます。

マウンテンバイクを押して登ろうかと近くまで寄り付きましたが、
軽登山レベルの山道に泣く泣く引き返します。


そしてそのあとに一路向かったのが鎌倉東側にあります
瑞泉寺というお寺です。



瑞泉寺は嘉暦2年(1327年)、夢窓疎石を開山として創建した寺で、
本堂裏に庭園があり、岩盤を削って作られた禅宗様庭園で、
書院庭園の起源となったといわれています。

参道は良い感じで草、苔に覆われ、木々に抱かれるようにして
本堂へと続きます。

木々の隙間から差す優しい光が、何とも言えない心地よさを
醸し出してくれます。

本堂へと登る階段は途中で二つに分かれます。



作られた時代の異なる二つの階段があり、
左を男坂、右を女坂と呼ばれているようです。

男坂の後に女坂ができたようですが、
時代こそ異なれど、その二つの道が織り成す空間が絶妙で、
思わず足を止めてしまいます。

どちらの階段から登るか迷いましたが、
最終的にはそれぞれの階段を1往復してみました。

やはりどちらの景もそれぞれに良さがありましたので、
どちらがよかったとは言えません。

男坂に劣らぬ雰囲気が女坂にもありました。



女坂の下りです。

入口へ曲がり続いていく景色に杉の大木が
歴史を感じさせます。


そして、いよいよ本堂の方へ。



本道裏にあります、夢窓疎石の作庭による方丈書院の庭園です。






こちらにもやぐらが掘られており、庭の景を構成する一部となっています。
このやぐらでは修行僧が座禅を組んでいたとも言われています。

中の様子は目視でよく確認することはできませんでした。



今でこそ心字池があったりと庭の骨格が姿を現していますが、
この遺構は長らく埋もれていたらしく、
古図面と発掘調査の結果に基づいて、
1970年にほぼ創建当初の地割に従って復原したものなのだそうです。

そしてこの庭は、鎌倉に現存する鎌倉時代の唯一の庭園として
国の名勝にも指定されています。


今回鎌倉滞在は1日という行程ではありましたが、
鎌倉の歴史に少し触れることができ、
その土地を少し知ることができました。

また機会がありましたら、今回行くことのできなかった
鎌倉七口と呼ばれる切通しや、やぐら群を散策してみたいと思います。

稚拙な文章ではございますが、今回はこれで筆を置かせていただきたいと
思います。

季節の変わり目、皆様体調を崩されませぬよう、ご自愛くださいませ。




投稿者 株式会社高田造園設計事務所 | 記事URL

2017年7月17日 月曜日

東京都内先日竣工のお庭

梅雨明け宣言もままならぬまま、関東では猛暑と呼べる日が続いております。

日中の日差しでさえもジリジリと焼けるような熱さを感じ、
半袖シャツで出かけると腕はもう真っ赤になるほどの日射です。

千葉で最初の夏を迎え、関西と変わらず日中は暑いと感じつつも、
夜は気温が下がり、風も涼しく、朝起きる時も爽快な涼気に包まれます。



ただ近年各地では雨の降り方も極端で、一昼夜で100ミリを超えたり、
朝は寒く、昼はものすごく暑いという今までの温帯の気候では
考えられないない気象状況に直面しています。

日本も徐々に亜熱帯化してきているとは聞いていましたが、
最近は身をもって実感せざるを得ない状況に感じます。

そんな変化の激しい気候の中、高田造園設計事務所でも
お客様のお宅へ手入れに工事に、順次お巡りしております。


こちらは先日竣工いたしました東京都江戸川区にあるK様邸の
住空間の様子です。



先日竣工したとは思えないほどの木々の木立がやさしく
その空間を包み込みます。

木々の間から差し込んでくる初夏の光も、眩しさを木々が受け止め、
緩やかに土へと運びます。



園路両側には植栽マウンドを配し、雑木林の中の小道を歩いているような
気分にさせてくれます。


庭奥にありますウッドデッキも木々に囲まれ、涼しげです。



こちらは着工日にとった一枚です。




この空間に木々が入れば、あっという間に緑あふれる瑞々しい空間へと
様変わりしていきます。




植栽マウンドにはマウンドごとに廻り縁に横溝を設け、
その地形の谷となる場所には縦穴を掘り、
地中の水の集まる場所を作ることで、
マウンド地下部の水の動きを作り出し、木だけでなく土も含めた全体が
健全に成長できるようにしていきます。




また、竣工時にもかかわらず、高木類にも一切支柱は施さず、
樹木の鉢を寄せあわせて植えることで、通気通水環境の整った条件下の樹木は
ある程度の時間でお互いの鉢の中に根を進出させ絡ませていきますので、
木々どうしがお互いを支えていってくれます。




庭の園路の途中に設けられた立水栓も
なんとも木々の谷間の渓谷のように
涼しげで良い感じです。



こちらも一般的な排水口への排水施工は行わず、
深い穴を掘り、使用した水が地面へと還元される蛇口です。


 

前庭の様子です。

玄関ポーチに至るまでの園路は深岩石を使用し、
落ち着きのある導きとなっています。

その後方にある木材で囲った植栽枡の周りにも縦穴通気通水改善を行っており、
将来は木々の根が土で極めた深岩石のアプローチの下側にまわり込み、
石は根に支えられる構造です。

セメントやモルタルなどの化学素材は
必要なところ以外は極力使用しません。

親方の話を伺っていると元々の日本の土木造作は、
木々や自然と一体化して長年支えられてきており、
昔の日本人はそのことをよく理解し、むやみに力で押さえ込まず
うまく自然の力を受け流しながら利用してきているのだなと
私も最近そのことに興味を抱き始めてきました。

もっと古人の知恵を学び、今の造園として生かさなければ
昨今の過酷な自然状況には対応できないと感じつつあります。


道路を車で走っていましても、無理に山を削り、
無理やりコンクリート擁壁で抑えられている山をよく見かけます。

高田造園でお世話になりだして、そういう物に対してより関心が向くと、
目撃するたびに何とも言えない気分になってしまいます。

豪雨のニュースで道路が、山諸共に崩れている映像を見るたびに
山は、自然は、今のやり方に警鐘をならしているように見えます。

ただ私たちも、高速道路の利便性などその恩恵に授かっていることは事実で、
この問題の答えは、今はまだ自分では分かりません。

ただひとつ言えることは、今の開発造成は土地や山があれば伐り開き、
人の思うがままにし、古人たちのように自然に畏敬を持ち、
人間も自然の中で生かされているという視点が欠落しているように思います。

先日土気のダーチャフィールドで行われましたイベントに参加されている
無邪気に走り回る子供たちを見ていていても、
肌で風を感じ、素足で土や草の感触を知り、鼻で季節の匂いを感じる。

そういう自然の中での感覚が大人になってからも
心地よさ、気持ちよさの感覚を養ってくれるように思います。

このような自分自身の人と自然への洞察を深めつつ、
人へも自然へも寛大な自分へと成長していけるよう
明日からも精進していきたいと思います。

投稿者 株式会社高田造園設計事務所 | 記事URL